CoCo壱番屋と神戸プディングの巻
![]()
たっぷり400g、+2辛
![]()
チキンカツトッピングです
![]()
ルーもちょっと多目、がっつりいただきます
![]()
カレーに福神漬けって誰が決めたんだろう?
![]()
ライスの食感出ているでしょうか?
![]()
これ、食べる前です。食前に儀式(笑)
![]()
このエビカツ、気になっていたんだけど、今度はこれにしようっと。
![]()
神戸のお土産の定番、神戸プディング
![]()
パッケージには3個しか入ってない。
![]()
キャラメルシロップを垂らして…
![]()
いただきま〜す!
カレーに福神漬けなんでだろう?
【説1】調べてみました
大正時代に日本郵船のコックが海外航路船の一等客室に出すカレーに「福神漬け」を添えたのが始まりとされています。それがキッカケとなり、「福神漬け」とカレーという組み合わせが日本国内でも普及していきました。最初はピクルスが添えられていましたが、その酸っぱさが日本人の口には合わなかったようです。ちなみに、カレーの本場インドでは野菜や果物を香辛料・砂糖で甘く煮たチャツネという漬物が一般的なカレーの付け合わせです。日本の「福神漬け」はインドのチャツネを真似たものと考えられています。
【説2】
『最初に採用したのは昭和初期の日本郵船。
一等客船の食堂がカレーに福神漬けを添えて出したのが元祖。
最初は付け合わせとしてピクルスが添えられていましたが、その酸っぱさが日本人の口には合わなかったようで、日本人の口に合うようにと選ばれたのが福神漬けでした。
それが大好評で、さらに銀座の洋食屋「資生堂パーラー」がそれを真似たために、他の洋食屋もこぞって真似をはじめ、現在のように切っても切り離せないような関係になったのです。』
福神漬、元々は赤くなかった。
福神漬を発案した東京・上野の漬物店「酒悦」さんによると、福神漬が初めて作られたのは明治10(1877)年頃。流行作家の梅亭金鵞(ばいていきんが)氏が、七つの野菜が含まれることと、店にほど近い不忍池・弁天様にちなんで「福神漬」と名付けたという。純粋な醤油の茶色だったそうだ。戦後になって、チャツネ(インドでカレーの添え物にする漬物)にならって赤く着色するようになったのではないか、とのことだが、資料が残っておらず真相は不明。がともかく、以降、「福神漬は赤色」が一般的になったようだ。
でも、今ではカレー用といば、オレンジ色の福神漬が一般的ですね。
ルウの濃い茶色とご飯の白色との間に映える一方で、主張しすぎない色ということで、オレンジ色にしたということです。
神戸プディングの誕生秘話
昔も今も変わらずに洋菓子文化が根付く街、神戸で1993年2月に神戸プリンは生まれました。
発売当時、「今までにない画期的なものを作りたい」という開発者の熱い想いと共に、3年間の試行錯誤を繰り返し満を持して誕生したのが「神戸プリン」でした。
卵と生クリームなどの乳製品、砂糖、それに柑橘系リキュールを加え、蒸して固めた「神戸プリン」。素材の組み合わせ自体はシンプルですが、こだわりの製法で実現したなめらかな口どけ、優しい甘さ、そしてコクがありながらも後味は爽やかな柑橘系、という独特の味わいで舌の肥えた神戸っ子達から最初に火がつきました。
今では、ハイカラなパッケージと共に上品な緑の手提袋も「神戸プリン」のトレードマークになっています。(トーラクブランドHPより)
2012.12.26(水) 4,821 PV 372位

たっぷり400g、+2辛

チキンカツトッピングです

ルーもちょっと多目、がっつりいただきます

カレーに福神漬けって誰が決めたんだろう?

ライスの食感出ているでしょうか?

これ、食べる前です。食前に儀式(笑)

このエビカツ、気になっていたんだけど、今度はこれにしようっと。

神戸のお土産の定番、神戸プディング

パッケージには3個しか入ってない。

キャラメルシロップを垂らして…

いただきま〜す!
カレーに福神漬けなんでだろう?
【説1】調べてみました
大正時代に日本郵船のコックが海外航路船の一等客室に出すカレーに「福神漬け」を添えたのが始まりとされています。それがキッカケとなり、「福神漬け」とカレーという組み合わせが日本国内でも普及していきました。最初はピクルスが添えられていましたが、その酸っぱさが日本人の口には合わなかったようです。ちなみに、カレーの本場インドでは野菜や果物を香辛料・砂糖で甘く煮たチャツネという漬物が一般的なカレーの付け合わせです。日本の「福神漬け」はインドのチャツネを真似たものと考えられています。
【説2】
『最初に採用したのは昭和初期の日本郵船。
一等客船の食堂がカレーに福神漬けを添えて出したのが元祖。
最初は付け合わせとしてピクルスが添えられていましたが、その酸っぱさが日本人の口には合わなかったようで、日本人の口に合うようにと選ばれたのが福神漬けでした。
それが大好評で、さらに銀座の洋食屋「資生堂パーラー」がそれを真似たために、他の洋食屋もこぞって真似をはじめ、現在のように切っても切り離せないような関係になったのです。』
福神漬、元々は赤くなかった。
福神漬を発案した東京・上野の漬物店「酒悦」さんによると、福神漬が初めて作られたのは明治10(1877)年頃。流行作家の梅亭金鵞(ばいていきんが)氏が、七つの野菜が含まれることと、店にほど近い不忍池・弁天様にちなんで「福神漬」と名付けたという。純粋な醤油の茶色だったそうだ。戦後になって、チャツネ(インドでカレーの添え物にする漬物)にならって赤く着色するようになったのではないか、とのことだが、資料が残っておらず真相は不明。がともかく、以降、「福神漬は赤色」が一般的になったようだ。
でも、今ではカレー用といば、オレンジ色の福神漬が一般的ですね。
ルウの濃い茶色とご飯の白色との間に映える一方で、主張しすぎない色ということで、オレンジ色にしたということです。
神戸プディングの誕生秘話
昔も今も変わらずに洋菓子文化が根付く街、神戸で1993年2月に神戸プリンは生まれました。
発売当時、「今までにない画期的なものを作りたい」という開発者の熱い想いと共に、3年間の試行錯誤を繰り返し満を持して誕生したのが「神戸プリン」でした。
卵と生クリームなどの乳製品、砂糖、それに柑橘系リキュールを加え、蒸して固めた「神戸プリン」。素材の組み合わせ自体はシンプルですが、こだわりの製法で実現したなめらかな口どけ、優しい甘さ、そしてコクがありながらも後味は爽やかな柑橘系、という独特の味わいで舌の肥えた神戸っ子達から最初に火がつきました。
今では、ハイカラなパッケージと共に上品な緑の手提袋も「神戸プリン」のトレードマークになっています。(トーラクブランドHPより)
2012.12.26(水) 4,821 PV 372位